Story
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Habu Yoshiharu
羽生善治
(棋士)

大事なのは多くの知識と、
それらを組み合わせるセンス。

2019.10.25 update
2019.10.25 update

スイスという国は、
伝統的なものを支える
最後のバックヤード。

今回の撮影で希代の名棋士、羽生善治さんが身につけているのは、15年来の愛用品だという手巻きのジュール オーデマ。

「普段の生活でつけることはあまりないのですが、公の場に出させていただくときには身につけています。対局のときにも必ず持参して、座布団の前、盤の右下あたりに置いて、開始の時間や休憩時間などを確認するために使っています。どんなタイミングで購入したかは今となっては覚えていないのですが、一見すると何の変哲もないシンプルな時計に見えて、でも実は伝統や職人さんたちのこだわりが凝縮された時計というところに惹かれて。使いはじめてから時を経るごとに愛着が増して、今ではすごく気に入っています。あと、ネジを巻くという作業が、対局中の気持ちを落ち着かせるのにいいんです」

羽生さんがオーデマ ピゲの時計を長年愛用し、しかも対局のときに欠かすことのできないものとして、常に傍らに置いているという事実を知る人は、あまり多くはないだろう。

144年前にスイスで誕生したオーデマ ピゲ。その最新コレクションである「CODE 11.59 by AUDEMARS PIGUET」。羽生さんはこんなことを話してくれた。

「26年振りの新作と聞いていたので、どんなものなのかとても興味深かったのですが、私の時計とはまた違った、独自の個性をもった時計ですね。スイスって、とてもおもしろい国だと個人的に思っているんです。子供の頃は『アルプスの少女ハイジ』のイメージが強くて、そんな世界だと思っていたのですが、実際に何度も訪ねて、知っていくと、すごくユニークというか、独自のポジションを築いている国。伝統的なものを支えている、最後のバックヤードのような国なのではないかと。だからこそ、こういった素晴らしい時計が生まれてくるのだと思います」

将棋も時計の世界も、
小さな違いが
大きな違いを生む。

2017年、前人未到の「永世七冠」を成し遂げた。今年6月には歴代単独1位となる公式戦通算1434勝を達成した。史上最強の棋士であり、将棋の歴史を塗り替え続ける“革新者”でもある羽生さんのなかから、新しい戦法やアイデアはどのようにして生まれるのだろうか?

「ひとつ思っているのは、オリジナルのアイデアを見つけるのは難しいということ。99%のアイデアは、“今までにあるものの、今までになかった組み合わせ”だと思います。それこそ残りの1%、将棋の根幹を覆すようなアイデアは、何十年に一度生まれるかどうか。そういう意味では、たくさんの基礎的な知識をもっておくことが大事だと思いますし、それを組み合わせるセンスも大事。料理に似ているかもしれませんね。同じ料理でも、これまで誰も思いつかなかったような素材や調味料を組み合わせることで、まったく新しい味になったりする。その素材をたくさんもっていることも大事ですし、いかに意外性のある、人がやっていない組み合わせを考えられるかという、2段階ある気がします」

新作コレクション「CODE 11.59 by AUDEMARS PIGUET」も、257ものパーツの組み合わせによって型を成しているもの。羽生さんが話してくれた“組み合わせのセンス”は、職人の手仕事にも通じる何かを感じずにはいられない。

「私は時計に詳しいわけではありませんが、数多ある時計のひとつひとつの部品がすごく違うかというと、たぶんあまり違わないと思うんです。でも、それが50個、100個になると、組み合わせによってまったく違ったものになると思う。だから、小さな違いが大きな違いを生むということは、よくあるのかなって思いますね」

基本があって初めて、
応用や発展、
進化が生まれる。

言わずもがな将棋には戦法という“型”が存在するが、その“型”に固執しすぎるがゆえに勝機を逸してしまうケースも少なくない。“型”を知ることはもちろんだが、“型を破る”ことなくして進化はないと、羽生さんは言う。

「まず基本的なものがあったうえで“型破り”をしないと滅茶苦茶になってしまうので、やっぱり基本、ベースとなるものは大事。それがあって初めて応用や発展、進化が生まれるのだと思います。あと、突き詰める作業というのはすごく大事なのですが、そればかりだと同じところを堂々巡りしてしまうことがよくあるんです。袋小路に入ったり、重箱の隅をつつくような状態に陥ってしまったら、そこで視野を広げてみるとか、視点を変えてみるとか、今までとはまったく違うことをやってみるということはよくあります。

“温故知新”という言葉もあるように、これまでのいい部分を残しながら新しいものを取り入れ、まったく同じではないけれど少しずつ違う。そうやって常に歴史は繰り返されるもの、進化していくものなのかなと思います。もちろん将棋も今のルールになって400年経っているので、その歴史のなかで培われたものがある。でも今の時代、これまでなかったものが生まれている部分は確かにある。どう言ったらいいか、人間の欲求としてフロンティアを求める精神は備わっていると思うんです」

とはいえ、四六時中、将棋のことを考えているわけではない。

「将棋の考え方を日常生活にもち込むと、すごく疲れるので……。歩いていて、こっちの道はダメだ、とかやっていたらノイローゼになる(笑)。普段は適当に、ゆったりとおおらかに過ごしています。棋士の生活というのは少し変わっていまして、まず平日、休日という概念がない。何時に起きて、決まったことをして、寝るみたいな生活ではなくて、日によってまちまちです。ルーティーンがないことが、ルーティーンみたいな。

対局も2週間前まで決まらないということも多くて、先々のことを考えて過ごすというよりも、その日暮らしというか、目の前のことをこなして過ごしていることが多いです。オン・オフの線引きは非常にあいまいですね。だから棋士の生活というのは、やっていることによって体感時間がまったく違う。すごく時間に追われていると感じるときもあるし、すごく時間が長く感じられるときもあるという意味では、均等な時間を過ごしているという感覚はあまりないですね」

長く続けるためには、
モチベーションを
保つことを諦める。

34年もの長きにわたって、棋士としてトップであり続ける羽生さん。そんな日々のなかで、どのようにしてモチベーションを保っているのだろうか?

「モチベーションを保つことを諦めるということです。どういうことかというと、たとえば来年オリンピックがありますが、アスリートの人たちは数年間、すべてをそこに集中させてトレーニングできると思うのですが、20年、30年となると、ずっとテンションを高く保つということが難しい。だから、ある程度の浮き沈みがあることを許容してやっていかないと、しんどいというか、続けられない。そこを気にしない、あまり深く考えないというのが大事なことだと思っています。いいときもあるし、悪いときもある。集中できるときもあるし、やる気が起きないときもある。それが普通のことだと割り切ってしまうというのは、大切かなと思います」

雲のように風に身をまかせ、あくまでも自然体、そしてニュートラル。そんなところに、棋士・羽生善治の強さを見た気がした。そして、最後に投げかけた「羽生さんの夢は?」という質問にも、彼らしいつかみどころのない答えが返ってきた。

「自分が想像していなかったものとか、自分が想像していなかった状況になりたいということ。こういうものになりたい、こういうことを目指したいということではなくて、まさかこういうことになるとは思わなかったとか、こういうカタチになるとは思わなかったとかがよくて、“想定外を目指す”という感じです。決めてしまうと、限定されちゃうじゃないですか。自分で枠にはめてしまうというか、限界を設定してしまうというか……。そうではなくて、実際、先のことはわからないので、だからあまり考えない。曖昧さが大事。将棋のときは白黒はっきりつけますが、普段は玉虫色が大好きです(笑)」

羽生善治
(棋士)
Habu
Yoshiharu

1970年、埼玉県所沢市生まれ。6歳から将棋をはじめ、1982年に二上達也九段門下で棋士養成機関・奨励会に入会。1985年四段昇段、史上3人目の中学生棋士となる。1989年第2期竜王戦で初タイトル獲得。1996年には七冠独占を達成。永世竜王、永世名人、永世王位、名誉王座、永世棋王、永世王将、永世棋聖の永世七冠の資格を保持する。2018年に国民栄誉賞を受賞。今年6月には歴代単独1位となる公式戦通算1434勝を達成した。

Photo:Yuji Kawata
Styling:Yosuke Mizuno
Hair&Make-up:Saori Hattori
Interview & Text:Satoru Yanagisawa
Edit & Direction:Shigenobu Sasaki(Condé Nast Creative Studio)

THE ROOM

新作「CODE 11.59 by AUDEMARS PIGUET」を試着できる
デジタルアート体験空間『THE ROOM』開設中

Information

会期 : 11月26日(火)まで
会場 : オーデマ ピゲ ブティック 銀座 1階 map

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